なぜ、『墨子』をあらためて訳出したのか。その理由は、「人は自分と同じく他人を愛せるか」という命題が、今ほど重要なときはないと思われるからである。

地球は異常気象や種々の災害に見舞われて、地震、台風、大雨、竜巻、山火事が頻発し、人類の新たな脅威といわれるエボラ出血熱が猛威をふるっている。政治の次元では、各国でナショナリズムが首をもたげ、悲惨なテロ行為が後を絶たないなか不気味な「イスラム国」まで登場した。地球を何度も破壊できる恐ろしい兵器が存在する現代、人類がかつての恐竜のように忽然と地球から姿を消す可能性は、ますます現実味を帯びてきている。このようなときに、人の心はどんどん荒んでいってしまうのか、それとも逆に他を思いやる心が強くなるのか。

もし一人の人間を殺したら、その罪を自らの命をもって償い、百人の人間を殺せば百の命をもって償わなければならないはずである。しかし、何万もの人間を殺戮する戦争の場合、それが非難されるどころか、かえって称賛されてしまっている。この戦争の不条理を問題にした墨子は、「兼愛」(公平な愛)を説いた。はたして、この思想は戦争の抑止力となりうるのか、そして平和で豊かな社会の創出に貢献できるのか。